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こんにちは!名張理数研です。また小論文を書いてみました。

課題はこちら。いつも面白い課題をありがとうございます。

では、どうぞ。

 

「これでもう、逆上がりはやらなくていいんだね。」これまでの努力をすべて打ち砕くほどの力のある発言である。いや、しかしここにこそ教育の本質があるのではないか。実に率直な少女のコメントに私は教育の本質を見出した。『無駄なこと』を伝授する。これこそが教育の本質である。

『無駄なこと』というと語弊があるかもしれないが、この少女の発言が示唆することは、逆上がりなんてこれから先二度と使うことはないということである。彼女にとっては無駄でしかない逆上がりをなぜ血眼になって身に着ける必要があったのか。それは少女自身には分かりえないことである。しかしながら、教育者として大切なことはこの『無駄なこと』を可能な限り授けることである。

逆上がりに限らず、微分積分、三角関数なども大人になって使うことは殆どない。また、多くの日本人にとって英語も使うことがあるかといえば、そんなに機会は多くないはずである。まさに学校とは無駄の宝庫であるともいえる。ではなぜそれらを教えるのか。それは子どもたちが変化に対応できるようにするためである。

これらの無駄なことというのは、現時点で無駄なだけであって、これから先どうなるかは誰にも分からない。というのも、自分自身を取り巻く環境は、自ら創出するのではなく他から与えられることが殆どだからである。突然海外勤務を命じられるかもしれないし、バリバリのエンジニアが商品開発のために関連する法律を学ぶ必要が生じてくるかもしれない。時の流れによっても状況は刻々と変化していく。このような変化に対応するために、出来るだけ多くの知識、技能を身に着けておく必要がある。

ダーウィンの言葉に「最も強いものが生き残るのではなく、最も賢いものが生きのびるのでもない、唯一生き残ることができるものは変化できるものである。」とある。変化できる力をつけるため、これからも私は逆上がりを教え続けるだろう。(795字)